映画『宮本から君へ』より
 - (C) 2019「宮本から君へ」製作委員会
 バブル末期のキラキラ輝く日本に、泥くさい血・汗・涙を撒き散らし、世間から強烈な反感を買った新井英樹の漫画「宮本から君へ」。それから約30年を経てスクリーンに蘇った映画版は、やはりある意味で今の時代に中指を突きつけるような問題作となっている。池松壮亮演じるサラリーマン・宮本浩のパートナーである中野靖子として、時に宮本と闘い、時に併走した蒼井優は、「撮影中はできれば週6で休みにして欲しかったぐらいに疲れました(笑)」と怒濤の日々を回想する。
 本作は、2018年4月よりテレビ東京の深夜枠で放送された連続ドラマに続くエピソードとして、主人公・宮本と、彼の先輩・神保(松山ケンイチ)を介して出会った靖子を軸に展開。恋人同士になった2人の試練が描かれる撮影は熾烈を極めたが、蒼井にとって塚本晋也監督の時代劇映画『斬、』(2018)に続く共演となった池松との信頼関係が支えだった。「とにかくやるしかないという一心でしかなかったです。あそこまで疲弊した状態で映画を作った経験はなかったですし、舞台に近い感じでしたね。それでも何とか最後まで走りきれたのは、相手が池松君だったからこそで、いつもスイッチを入れてくれた。感謝しかないです」
 実際、本番中の撮影現場には池松と蒼井の怒号・罵声が飛び交っていた。住宅街のアパートを借りて屋内で撮っているにもかかわらず外まで声が響いてきたぐらいで、「よく警察が来なかったですよね」と苦笑まじりに振り返る。宮本が自分なりの信念を貫いて突っ走る本作を受けとめる上で、蒼井の演じた靖子の感情の流れに助けられる部分は計り知れない。
 「宮本の自己愛の話ですからね、極端に言うと(笑)。でもここまで自分を、自分の力だけで愛せる人は、逆に今は少ないんじゃないかと思うんです。周りからどう見られるか、周りに共感してもらえるかどうかということが自分を評価する主な基準になっていて、SNSの普及によってそれが数字で目に見えやすい世の中になっている。自分の中の基準を保ちづらい時代だからこそ、宮本みたいに生きられる人はなかなかいないと思います。そういう時代に育った若い世代の人たちが、この映画を観てどう感じるのかは、すごく興味がありますね。自分はここまで自分を愛せているのか? ということを突きつけられると思うので、意外と令和のヒーロー像になるかもしれないですし」
 劇中でとことん向き合った蒼井ならではの宮本観は、男女のラブストーリー として二人の関係をとらえる上でも、本質を鋭くついている。「幅広く解釈できるような曖昧な言葉を投げてくる人よりも、間違っていたとしても自分の言葉で、その言葉を発する意図をきちんと伝えてくる人のほうが、わたしは信頼できると思います。これを言ったら相手にどう思われるかを優先させることは自分もあるからこそ、宮本の逃げ道を作らずに喋るところは好ましいですし、正直に思いをぶつけてくれる相手と一緒にいるのは『楽』です。例えば元カレの裕二(井浦新)といるときの靖子は、裕二がどう出てくるかを待ってしまうんですけど、宮本といるときは自分で自分の人生を選択している感じがする。宮本は一緒にいて靖子が自分でいられる人でもあるんです」
 30代に突入し、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017・白石和彌監督)をはじめ精神的・肉体的にハードな役柄に挑戦してきた中でも、この一本は「役者として全く新しい経験だった」と語る。それをやり遂げた蒼井の表情は穏やかで「とにかく勉強になったなぁ……!」と一言。

 「反省点はいっぱいあるし、何かが完結した感触は全くなくて、むしろ次のステップに行かざるを得ないというのかな。お芝居の技術的に、今だったらああしないなと思うところもあるし、漫画原作との向き合い方も学ぶところが大きかったですね。今までとは違う分野のお勉強をさせてもらった感じで、その分視野を広げてもらったと思います。もし自分が出ていなかったら、この映画に携わった人たちのことを、ちょっと羨ましく思うんじゃないかな。そう言えることがとっても嬉しいですし、この映画の持っている熱量が、誰かの人生をプラスに動かすきっかけの一部になればいいなと思っています」
 すべてを振り絞った一作で燃え尽きるどころか、自分の限界を乗り越えた今、女優・蒼井優の新たな章はスタートしたばかりだ。(取材・文:那須千里)
映画『宮本から君へ』は9月27日より全国公開