日本発! 米国の人気テレビ番組「SHARK TANK」誕生秘話
現在アメリカでは、「SHARK TANK」の第10シーズンが放送され、大好評を博している。この番組を観たことがある人は、日本の「¥マネーの虎」に似ている……と思ったかもしれない。それもそのはず。「SHARK TANK」は、アメリカ版「¥マネーの虎」だからだ。

「¥マネーの虎」とは、”虎”と呼ばれる5人の社長が、ビジネスプランを持った挑戦者に、身銭を切って投資する現金投資バラエティー。2001年10月に深夜番組としてスタートし、半年後にはゴールデンタイム(金曜20時)に進出。数多くのメディアでパロディー化され、大ブームを巻き起こした。

アメリカ版は全米で放送されており、4大ネットワークのひとつであるABCの看板番組として、ゴールデンタイムの人気トップ10にランキングしている。

トランプ出演の人気番組Pからオファー

2009年1月、僕はアメリカ版「¥マネーの虎」を演出・監修指導するために渡米した。ちょうどオバマ大統領が就任直前で、LAが大変盛り上がっていたのをよく覚えている。

アメリカ版「¥マネーの虎」のエグゼクティブ・プロデューサーは、マーク・バーネット氏。かつてドナルド・トランプ氏がホストを務めて話題となった番組「The Apprentice」をヒットさせたプロデューサーだ。「You are Fired!(お前はクビだ!)」というのが決め台詞のこの”ビジネス番組”は、「¥マネーの虎」にインスパイアされて制作したという。


ドナルド・トランプ(左)と「The Apprentice」プロデューサーのマーク・バーネット(2003年撮影、Getty Imaegs)

マーク氏から「アメリカ版『¥マネーの虎』を製作したい」というオファーをもらった僕は、「彼であれば、番組の世界観を再現して、成功するはず」と確信し、許可を出した。そして、パイロット番組を一緒に制作することになった。

放送されない番組に3000万円!

パイロット番組とは、いわゆる試作品のこと。基本的には、放送しない番組だ。

「どんな番組になるの?」と不安に思うスポンサーに対して、「こんな番組になります」と説明するためのサンプルで、本放送の第1回の前に、特別に制作される。つまり、放送されない「第0回」ということだ。

日本でも、20年以上前まではパイロット番組を制作していた。当時のゴールデンタイムの制作費は、1本約3000万円。驚くかもしれないが、パイロット番組は、それと同じだけの予算をかけて制作された。しかも、本番さながらにMCやタレントを呼んで収録し、編集&MA(ナレーション、BGM)をして完成版を作る。そして後日、スポンサーのために試写会を開くのだ。

目的はスポンサーに見せるためだが、実はそれ以外にもメリットが多い。まず、実際に完成版を作ってみると、企画書では見えなかった欠点を見つけることができる。設計図上ではわからなかった”盲点”が浮き彫りになるからだ。どんなに頭の中でシミュレーションしていても、こういうことは、必ず起こる。

さらに、いろいろな年代の視聴者モニターを呼んで、観てもらうこともできる。具体的に「どこが面白いか? どこが面白くないか?」などマーケティング調査をして、ネガティブな感想を集約する。それを本放送の第1回に活かしていく。

つまり、パイロット番組を制作することにより、本放送までに改良するチャンスができて、より完成度の高い番組になる。特に、地上波で放送する前に、視聴者の反応を観ることができるのは、最大のメリットだ。

このような過程を経て綿密に作られた本放送は、完成度が高く、面白い。結果として視聴率も高い。20年以上前に作られた番組が、いまだに”長寿番組”として放送され、人気を博しているのは、パイロット番組のおかげかもしれない。

しかし、「SHARK TANK」は、「¥マネーの虎」という見本にできる完成版があるのに、なぜパイロット番組を制作したのか? それには、理由があった。

日本では「人間性」が決め手になるが、アメリカでは!?

「SHARK TANK」のパイロット番組の制作費は、なんと3億円。日本の10本分に相当する、とんでもない予算規模だ。しかも、60分のパイロット番組を1本作るためだけに、3日間で約30人の挑戦者を呼んで収録した。

実は、確かめたいことが2つあった。「アメリカ人の投資家は、どんなビジネスに投資したがるのか?」「どういう挑戦者だと、番組は盛り上がり、面白くなるのか?」。アメリカ版のパイロット番組は、スポンサー試写用というより、制作サイドのシミュレーションという意味合いが強かった。

そして実際に収録してみて、日本とはまったく違うことが浮き彫りになった。

アメリカ人は「投資案件として、すでに商品化されているものに興味がある」。そして「投資するかしないかを最終的に決めるための利益配分について、熱い議論になる」。これは日本では起こらなかった現象だ。盛り上がる部分が、まったく違ったのだ。そして本放送に向けて、改良を重ねた。

7カ月後、満を持して放送が始まると、緻密に作り込んだ完成度の高い本放送は、予想通り、初回から話題になった。そして全米に「SHARK TANK」ブームが巻き起こった。


投資家に新商品をプレゼンする挑戦者夫婦。「SHARK TANK」第10シーズンより(Getty Images)

「SHARK TANK」が放送を開始して、ちょうど10年になる。オバマ氏が8年の大統領任期を終え、その後トランプ氏が就任して2年。前述の「The Apprentice」が約4年、第6シーズンで終了したことを考えると、なかなかの長寿番組だ。しかも、番組の人気は衰えるどころか、シーズンを重ねる度に、勢いを増している。

余談ではあるが、トランプ氏が大統領になってから「彼が当選したのは、栗原のせいだ」とよく言われる。彼を有名にしたのが「The Apprentice」で、その制作のヒントとなった「¥マネーの虎」を作ったのが僕だから、という理屈らしい。「風が吹けば、桶屋が儲かる」とはいうが、とんでもないこじつけだ(苦笑)。

テレビ番組が、なにかしら社会に影響を与えるというのは、テレビに関わっている人間としては嬉しい。しかし、トランプ氏のエピソードだけは、正直、複雑だ。