中居正広、志村けんさんから「2人でコントしたい」と言われていた…断ったこと「やっぱり後悔」
3月31日にジャニーズ事務所を退所したタレントの
中居正広(47)が11日深夜、パーソナリティーをつとめるニッポン放送「中居正広のON&ON AIR」(土曜・後11時)に出演、3月29日に亡くなった
志村けんさん(享年70)への思いを語った。
3日に放送されたTBS系「中居正広のキンスマスペシャル」(金曜・後8時57分)で、志村さんがゲスト出演した昨年4月5日放送回を再編集して追悼した。
中居はその1年前の収録前の打ち合わせについて触れ、志村さんから「金スマの最後に中居くんと2人でコントをしたい」と言われたことを明かした。
しかし、「スマスマ(フジテレビ系「SMAP×SMAP」)で5人で志村さんとコントやったことがあって、僕1人だとどうなんだろうって。自信もないし、できるのかなって」と戸惑ったという。
「ガッツリやらなきゃいけないことですから、ただただ僕が自信がなさ過ぎて。絶対に面白くなきゃいけないわけじゃないですか。万が一すべったみたいになったら、志村さんに申し訳ないし。結局、お断りっていうか…」と中居。
志村さんは「わかった、わかった。自信なんて全然あるくせに~」と言ったという。「僕がまだフワフワしてる時期だっていうのかな、作り込むことに本当に自信がなくて。それが(志村さんが亡くなってしまって)もう本当に、はあ~と思って…」とため息をついた。
「あの時、僕(コントを)やっちゃってたら、タラレバになっちゃうけど、何かそこで吹っ切れるものがあったのかもしれない。あの時やっておけばよかったという後悔より、今だったらやりたいなって、好きだからやりたいのよ。また機会があるかなって思ったわけではないんだろうけど、うん、やっぱり後悔…後悔だね」と悔やんだ。
志村さんとは笑福亭鶴瓶さんと一緒にいた時に、たまたま会い、一度だけ一緒に飲んだことがあるという。志村さんの著書2、3冊読んでいた中居は「質問攻めにしたのを覚えてるんだよなあ。いっぱいしゃべってくれた」としみじみ。
「必ず、毎日、どの瞬間かわからないけど、志村さんを思い出しますね。必ず1日に1回、あっ志村さんって」と話した。
中居正広 クズ芸人バッサリ「超ムカつく」「こんなやつと口利いちゃダメ」
タレントの中居正広(47)が16日放送のTBS系「中居くん決めて!」(月曜後11・56)に出演。一発屋芸人のクズっぷりに「超ムカつく」を言い放つ場面があった。
この日の番組では「久しぶりにテレビに出る人スペシャル!」として放送し、15年に歌ネタ「あったかいんだからぁ~」で大ブレークした「クマムシ」が登場。同ネタはCD化もされ、各局の音楽番組に出演したほか、年末には日本レコード大賞、NHK紅白歌合戦にも出場した。同曲の作詞・作曲は長谷川俊輔(34)で、歌っているのもほとんど長谷川だが、「クマムシ」名義にしていたため印税も折半になり、当時の最高月収はそれぞれが800万円ずつだったという。
“何もしていない”佐藤大樹(31)に対し、中居は「思わないの?感じない?何もやってない、歌ってない、作ってもいない。それで800万(円)入ってきたら後ろ髪ひっぱられる感じなかった?」と不信感。それでも、佐藤は「ラッキーって感じました。その頃は金づるって感じで…ちょっと言い方悪いけど」とあっけらかん。中居はあきれ顔を見せた。
中居は佐藤のクズっぷりに「ムカつくやつ大好き。日頃そんなにムカつかないから。すっげぇムカついてる」とニヤリ。ブレーク当時、コンビ仲は最悪だったようで、相方が自分を嫌っていることは気付いていたという佐藤は「嫌われてるなと思って、じゃあ、俺も嫌いだな。倍返しだ!って」と笑顔で当時を振り返った。
そんな佐藤に、中居は「超ムカつく。ヤバいね」と苦笑。長谷川も「マネジャーがいると、ワンクッション入るけど、2人で話すことはなくなった」と吐露。それでも「今はもう“あったかコンビ”になりました」と関係修復をアピールした。
すると、そんな長谷川に、中居は「どうしちゃったの、ダメだって。こんなやつと口利いちゃダメ。お前がダメになっちゃうぞ。お前はこの先もやっていかなきゃいけないんだよ。自分を見つめ直せ。こんなやつとしゃべっちゃダメだよ!」と熱弁。その後も、佐藤が話すたびに「ふざけんな!」「お前はしゃべるな!」と“注意”し続け、スタジオを笑わせた。
中居正広「みんなで髪の毛切ってあげた」 森且行がSMAPを脱退したときのエピソードを語る
中居正広が、17日放送の「ナカイの窓」(日本テレビ系)で、
過去にSMAPのメンバーで、
現在オートレース選手の森且行がSMAPを脱退した時のエピソードを語った。
すると、
MCの中居は「でも困ると思うよ」と切り出し、
以前、SMAPメンバーであった森且行が脱退したときのエピソードを話始めた。
芸能活動と並行してボクシングをしているしずちゃんとは違い、森はオートレーサーに転向するため、
1996年にジャニーズ事務所を辞めている。
陣内から「その時はみんなでちょっと待ってよ、とかなかった?」と疑問をぶつけた。
中居は「待ってよってなるよー。ちょうどスマスマ(SMAP×SMAP)が始まって、よーし、やっとSMAPが8年9年して、はじめてゴールデン番組だつって、だから(森くんも)2か月出てたのよ、スマスマに」と、
当時の様子を語った。
中居によると、
森とジャニーズの契約が切れる5月31日には、
ドラマの収録など多くの仕事を抱えていたSMAPメンバーが、
忙しい間をぬって森の自宅に集結。
5月31日から6月1日に日付が変わり、
森が一般人になった瞬間に「おめでとう」と、
森を祝福したのだという。
また、
そのとき森は芸能界への未練を断ち切るためか、
「オレもう髪の毛いらないから」と唐突に切り出し、
バリカンを持ってきて「みんなで切って」とお願いしたそうだ。
メンバー5人は、
急遽、
風呂場で断髪式を行い、
森はオートレーサーになっていった。
SMAPメンバーからはあまり語られることのなかった森の脱退秘話に、
スタジオからは驚きの声があがっていた。
意外
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