明暗は極端に分かれた
 この夏、ホリプロ女優対決と言われた石原さとみ(31)の『高嶺の花』(日本テレビ系)と綾瀬はるか(33)の『義母と娘のブルース』(TBS系)。
 明暗は極端に分かれた。平均視聴率14.2%(ビデオリサーチ調べ・関東地区、以下同じ)を叩き出した『ぎぼむす』は、一昨年(2016年)10月期の新垣結衣『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)に迫る大ヒットとなったのに対して、『高嶺の花』はお世辞にも高値とは行かず、シリーズ平均視聴率は9.5%と一桁で終わった。
 メディアアナリストのメディア遊民氏に、長くテレビの現場にいたプロの目から、検証してもらう。
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 両ドラマの対比は、両主演女優の比較論をも促す。そもそも『高嶺の花』打ち上げで、挨拶に立った石原さとみ自身が、「勝てなかった」「悔しい」「全責任は私です」「ご迷惑をおかけしました」と涙ながらに語り、場の空気を凍らせてしまったという。
明暗は極端に分かれた
 周囲も彼女自身も「高視聴率が狙える」と期待して臨んだだけに、惨敗の意味をしっかり受け止める必要があろう。なぜこうなったのか。各種データから要因を考察してみた。

両ドラマの視聴率

『高嶺の花』で石原が演じたのは、華道の名門に生まれ、金とキャリアと美貌を兼ね備えた女性の役。ストーリーは結婚式当日に破談となり、平凡な男と恋に落ちる“超・格差恋愛”物語だった。
 いっぽう同じプロダクションに所属する同世代女優・綾瀬はるかの『ぎぼむす』は、仕事一筋で来たバリバリのキャリアウーマンが主人公。小学生の娘の母親になるところからストーリーは始まり、母娘が独自の道を歩み始めるまでの軌跡が描かれた。
(図1)「ぎぼむす」VS「高嶺の花」 視聴率比較
 ライブ視聴率で比較すると、初回は共に11%台と互角だった(図1)。
 ところが石原ドラマは2~3話と下落し、最終回直前まで一桁に低迷した。日テレ水10ドラマ枠としては、これで3期連続の惨敗だ。
 いっぽう綾瀬ドラマは、ほぼ右肩上りに視聴率を上げ、16年秋『逃げ恥』の軌跡と重なる大ヒットとなった。明暗は極端に分かれた格好だった。
 実はライブ視聴率だけでなく、録画再生視聴率の差が深刻だ。
『ぎぼむす』はライブ視聴率同様、右肩上りを描いた。最終回では総合視聴率が30%を超える、久々のビッグヒットだったのである。
(図2)「ぎぼむす」VS「高嶺の花」 満足度比較
 いっぽう『高嶺の花』は、初回以降下げ続けた。ライブ視聴率では7~10話で上昇基調となったが、録画再生視聴率では低迷したまま浮上しなかった。
 録画再生視聴率は、自分の好きな時間にじっくり鑑賞したいというドラマ好きの多寡を示す。その意味で『高嶺の花』は、“じっくり鑑賞したい”に値しない残念な作品とみた視聴者が多かったと言える。

両ドラマの満足度

 次に両ドラマの評価を、満足度でみてみよう。
 テレビの視聴状況を独自に調査しているeight社の「視聴しつ」は、関東の1都6県で10~70代の960人を対象に、自発的にみたテレビ番組の満足度評価と自由記述を集めている。ここでも両ドラマは大差となった(図2)。
(図3)綾瀬はるかvs石原さとみ 検索数比較
 7月中に序盤を視聴して調査に答えた人は、両ドラマとも220~230人。人数ではあまり違わなかったが、5段階での満足度評価は、『ぎぼむす』の4.17に対して、『高嶺の花』は3.594と大差となった。
『ぎぼむす』は、同期全ドラマの中で『グッドドクター』(フジテレビ系)に次ぐ2位。『高嶺の花』は最下位だった。しかも中盤に入った8月の成績では、『ぎぼむす』は満足度を4.358に上げ、全ドラマの首位に躍り出た。ところが『高嶺の花』は、満足度を3.74と約0.15上げたものの、順位は最下位から脱出することが出来なかった。
 両ドラマを見た人の数は、『ぎぼむす』は大きく変わっていないが、『高嶺の花』は8月に2割弱減っている。連続ドラマの満足度調査では、視聴者数が減ると「ドラマを見る価値あり」と考える人だけが回答者として残るので、満足度は上昇する傾向にある。
 この法則に従うと、『ぎぼむす』は回答者数が変わっていないのに満足度が高くなったので、内容が良くなったと感ずる人が増えたと推察できる。いっぽう『高嶺の花』では、序盤で「見る価値なし」と判断した人がいなくなった上での数値上昇なので、内容が良くなったとは言い切れない。
 このことを男女年層別で詳しく見ると、両ドマラの正しい評価のヒントが得られる。両ドラマについては、M2(男35~49歳)とF3(女50歳以上)で、評価が大きく分かれたからだ。
『ぎぼむす』ではM2もF3も、序盤より中盤で満足度が上がった。ところが『高嶺の花』で、両層とも評価が下がった。中でも特徴的なのは、『ぎぼむす』ではM2の回答者数が増えたにも関わらず評価が上がった。逆に『高嶺の花』では、回答者数が減ったF3の評価が下がってしまった。ともに一般的な傾向と逆になっており、前者は回が進むと共に評価が上がり、後者は徐々に評価が下がっていたと考えられる。
 視聴率など量的評価は、満足度など質的評価と見事にリンクしていたのである。

視聴者の声

 このことは「視聴しつ」が集めた視聴者の自由記述でも裏付けられる。
『ぎぼむす』については、序盤から評価する声が男女年齢層を問わず多かった。
「今までにない設定のドラマで面白い」(男17歳・満足度4)
「キャリアウーマンが娘と親子になっていく様子を描いただけのドラマかと思っていたら、色々と深いところもあり笑えるところもあり、毎週楽しみにしています」(女17歳・満足度5)
「義母のやること、話し方が今までのドラマにはなかった、面白さとまじめに一生懸命取り組む姿勢に感動する」(女62歳・満足度5)
「綾瀬はるかのふんわりしたイメージとは違った役が面白い」(男39歳・満足度5)
 主役の綾瀬はるかを初めとする出演者の演技に対する評価が高い。また設定、ストーリー展開、硬軟絶妙に織り交ぜた演出への好感度も抜群だ。
 しかも中盤に入ると、テーマや微妙な表現についての評価も、どんどん上がっていく。
「心の機微を丁寧に描いているところがいい」(男53歳・満足度5)
「初めはこのドラマどうかな??と思ったけど、どんどん面白くなって今じゃ早く次が見たい!」(女47歳・満足度5)
「家族のあり方がいろいろあると実感出来る」(男27歳・満足度5)
 いっぽう『高嶺の花』は当初、石原さとみ人気で一定数の視聴者を集めた。ところが序盤から中盤にかけて、厳しい声が増えていった。
「1話だけ見たけど、見るのをやめました」(女16歳・満足度2)
「内容がよくわからなかった。石原さとみの無駄遣い」(女18歳・満足度1)
「石原さとみの演技が少し野蛮な感じがして引いた」(女45歳・満足度3)
「野島伸司終わった。石原さとみを見るだけに見てる」(男46歳・満足度2)
「石原さとみの上品さがあまり感じられないのが残念」(女54歳・満足度3)
 明らかに石原さとみと役柄のミスマッチなど、違和感を抱いた人が多かった。設定もストーリー展開も評価できないとした人が少なくない。
 打ち上げの席上で「全責任は私です」と彼女は涙ながらに謝っていたが、実際には起用方法も含めた全体の設計ミスを感じた視聴者が多かったようだ。

“綾瀬はるかvs石原さとみ”の流れ

 ホリプロの看板女優として同世代の2人。共に今世紀初頭にデビューし、多くのヒット作品で主役やヒロインを演じてきた。この2人の名前をGoogle Trendsで検索すると、両者の勢いの歴史が浮かび上がる(図3)。
 当初は『世界の中心で、愛を叫ぶ』(04年:TBS系)で体当たり演技を魅せた綾瀬はるかが、『白夜行』(06年:TBS系)、『ホタルノヒカリ』(07年:日本テレビ系)『JIN1-仁-』(09年:TBS系)などの作品にも恵まれ優勢だった。
 ところが『失恋ショコラティエ』(14年:フジテレビ系))以降、石原さとみの“可愛すぎる表情としぐさ”“妖精的あるいは小悪魔的言動”などで、勢いは一気に高まる。『5→9~私に恋したお坊さん~』(15年:フジテレビ系)、『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(16年:日本テレビ系)などの時代に綾瀬を圧倒した。
 しかしこの1~2年、勢いはひと頃ほどではなくなっている。今年1月期の『アンナチュラル』(TBS系)では、新たな方向性が垣間見えた。ところが彼女の見た目を強調した今回の『高嶺の花』で、失速感が色濃くなったと言わざるを得ない。
 いっぽう綾瀬はるかの高評価は、爆発的ではないものの、コンスタントに続いている。デビュー当初10年ほどは、天然・ぐうたら・可愛い“女の子”の役が多かった。ところがこの5年、俄然進化を始めた。
 大河ドラマ『八重の桜』(13年:NHK)、大河ファンタジー『精霊の守り人』(16年~:NHK)、『奥様は、取り扱い注意』(17年:日本テレビ系)では、身体能力の高さを活かし、アクションで魅せる技も身に着けた。そして『奥様は、取り扱い注意』に続き今回の『ぎぼむす』で、常識が欠如したキャラクターを自然に見せる演技力をつけ、さらに人間性を滲ませる微妙な表現力を発揮し出した。こうした進化が、変わらぬ高評価につながっているのだろう。
 こうして2人の女優としての流れを俯瞰すると、石原さとみの『高嶺の花』は正解だったのか疑問がわく。
 彼女に欠けているのは、“天然・ぐうたら・可愛い”からアクションなど“演技の幅の広さ”を開拓した綾瀬はるかのような進化だ。石原は「世界で最も美しい顔100人」に選ばれ続けてはいるが、表面的な美以外の領域への進化を戦略的にして行かなければいけない。
 その意味で、これまでにない法医学者の演技に挑戦した『アンナチュラル』は、次のステージの可能性を垣間見せた。ところが見た目の美しさを強調したが、内面性で違和感を抱かせてしまった『高嶺の花』は惜しかった。気持ちが離れた視聴者を一定数出してしまった点は、大いに再考する必要があろう。
 年齢と共に進化する女優像とは何か。失敗した今こそ、新たな方向性を戦略的に詰める必要がある。
メディア遊民(めでぃあゆうみん)
メディアアナリスト。テレビ局で長年番組制作や経営戦略などに携わった後、独立して“テレビ×デジタル”の分野でコンサルティングなどを行っている。群れるのを嫌い、座右の銘は「Independent」。番組愛は人一倍強いが、既得権益にしがみつく姿勢は嫌い。
週刊新潮WEB取材班
2018年10月9日 掲載