果たしてタワーマンションの住人は、いったいどんな気持ちで暮らしているのだろうか?(写真はイメージです)
 現代社会を生きる女性が避けては通れない「婚活」「結婚」「妊活」「子育て」。これらのライフイベントに伴う様々な困難にぶつかりつつも、彼女たちは最終的には自分なりに編み出した「ライフハック」で壁を乗り越えていきます。読めば勇気が湧いてくるノンフィクション連載「女のライフハック」、待望の第12回です。
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被災者なのに「タワマンになんか住むから」と叩かれる

 大学を卒業後、就職したのをきっかけに、23区内の端っこにある実家を出て以来、これまでに幾度かの転居を経験した。最初に住んだのは笹塚の2Kのマンションで、2歳年下の弟と二人暮らしだった。駅から徒歩7分程度、キッチン兼廊下を挟んで両端にそれぞれ6帖ほどの個室があるその物件は、親戚の持ち物だったために家賃は格安の6万円。社会人1年目のわたしが4万円で、アルバイトをしつつ専門学校に通っていた弟が2万円を分担するはずだったが、毎度踏み倒され、結局ひとりでほぼ支払うこととなった。それでも相場よりは相当安く、駅までの間にスーパーと商店街とがあってとても住みやすかったが、1年ほど暮らした後、家主である親戚の都合で引き払うことになった。
果たしてタワーマンションの住人は、いったいどんな気持ちで暮らしているのだろうか?(写真はイメージです)
 その次は「一緒に住んだほうが、家賃が安く済む」という理由で、当時付き合っていた恋人と同棲することになった。新しくふたりで借りたのは、家賃11万5千円の高田馬場のアパ―トで、板張りのダイニングキッチンと、6帖の和室が二間という間取りだった。建物は古く、日当たりはとても悪かったけれど、駅から徒歩5分という便利な場所だったし、辺りの相場からすると、賃料も安い方だったと思う。しかし、新居を見るために地方から上京してきた恋人の母親には「ここが家賃10万円以上もするの?」と絶句された。それまで都内の家賃は高いということは、うっすら知ってはいたものの、そこまで高いとまでは考えていなかったので、「そんなに驚くほどに高いのか……」と逆に驚いた。
 今回記事を書くにあたって、参考に不動産・住宅情報の総合サービス『LIFULL HOME'S』のサイトを見てみたところ、2019年12月中旬時点の東京都の家賃相場は1R/1K/1DKで8.3万円、1LDK/2K/2DKは13.9万円、2LDK/3K/3DKが16.7万円、3LDK/4K/4DKでは18.2万円となっている。これが近隣の埼玉県になるとそれぞれ5.7万円、7.1万円、8.3万円、11.5万円と大幅に値下りする。国土交通省が公開している平成31年度版『都道府県庁所在地の住宅地「平均」価格』でも2位の大阪市241800円/㎡、3位の横浜市228000円/㎡に比べると、東京23区は601300円/㎡とダントツだ。
 そんな地価の高い東京において、いまもっとも憧れの住まいとされているもののひとつが「タワーマンション」ではないだろうか。以前、住んでいる友人に招かれて、中を拝見させていただいたことがあるが、ソファの置かれた広々としたエントランスや、まるでホテルのようなレセプション、景色が一望できる最上階ラウンジ、貸し切りの出来るキッチンスタジオ、ゲストルーム、キッズルーム、ジムやスパまでもが共有部にあって、その豪華さにものすごく驚いた。
 だが、そんなタワマンに誰もが憧れを持つと思いきや、批判や揶揄を受けることも多い。2016年秋にTBS系で放映された「金曜ドラマ『砂の塔~知りすぎた隣人』」では、“低層階差別”といった、タワマンに住む主婦たちのドロドロした虚栄心や嫉妬が描かれて話題になったし、また、少し古くなるが2006年に公開され、カンヌ国際映画祭で監督賞を取った映画『バベル』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品)においては、タイトルの“バベル”を象徴するかのようなタワマンに住むヒロイン・菊地凛子は、物質的には豊かでありながらも、精神的には満たされない暮らしをしている孤独な女性として描かれていた。
 もっとも記憶に新しいのは今年の10月12日に首都圏を襲った台風19号による、武蔵小杉の「高級タワマン」の浸水被害だろう。台風19号の影響により、地下3階にある電気設備が浸水して故障し、水や電気が止まり、トイレが使えないという事態が発生。普通は被災者に同情や励ましの声が寄せられるはずが、なぜか逆に「タワマンになんか住むから」と叩かれたり、「排泄物塗れ」といった被害を面白がるかのような風評被害じみた話までもがネットに出回ることになった。
 タワーマンションに住んでいるのは、基本的には高所得層の人々とされている。ゆえに自分には手の届かない場所に対してのやっかみや僻みと言えばそうかもしれないが、果たしてタワーマンションの住人は、いったいどんな気持ちで暮らしているのだろう。そこで今回は現在、都内の某タワーマンションに住んでいるという横沢奈緒さん(仮名・41歳、デザイナー 家族構成:夫43歳、長男9歳)に取材を申し込んだ。

「タワマン最高、一生住みたい」

 都心から1時間ほど離れた、某私鉄の駅前にあるタワーマンションに住んで10年目という奈緒さんの口から、一言目に出てきたのは「いや、もうタワマンは最高ですよ。一生住みたいくらいに気に入ってます」という言葉だった。のっけから断言するほど、いったいタワマンのどこが魅力的なのだろうか。
「タワマンのよさというと、とにかく、めちゃめちゃ暖かいんですよ。冬場は上の階からも下の階からも暖められた空気が来るから、床暖房だけで済むんです。だから家の中では1年中、薄着で過ごしています。あとはゴミ捨て場ですね。今のマンションは24時間ゴミを捨てられて、それもすごく重宝しています。
  実は私、バツイチなんですけど、前の結婚の時も、タワマンに住んでいたんです。川崎のタワマンだったんですが、いま住んでいるところよりもクラスがだいぶ上で。そこは各フロアにゴミ捨て場があって、わずかな距離で捨てられて、人に会わずに済むっていう。あれは便利でしたねぇ。入り口にコンシェルジュがいて、クリーニングしたい衣服は、そこに預けることが出来たり。入り口の鍵がSuicaだったから、いちいち鍵を探さなくてよくて。超絶住みやすかったです」
 ちょっと聞くだけで利便性の高さは窺える。しかし、その利便性は、決して安いとは言えないタワマン居住費に見合ったものなのだろうか。
「私、地方の出身なんですが、実家がすごく広いんです。それこそ軽く160坪以上はある一軒家で。けど、すきま風がひどいし、屋根のアンテナが倒れたら、お父さんが屋根に登って直したりして、けっこう不便さが多かったんですよね。リビングなんか20帖以上あったので、まったく暖房が効かない。トイレは廊下の先にあるから、凍えそうになりながら、気合い入れて走って行ったり。いま寒さに強いのはそこで鍛えられたからだなって思うんですが、部屋がとにかく寒かった。
 だから、東京に来て最初に住んだ、一人暮らしの狭い部屋に母が来た時は、『風呂が温かい。マンションっていいね』って感動していたくらい。だから一軒家がほしいとかってまったくなくって」
 そうはいうものの、一応は最初の結婚で家を購入する際、戸建ても視野には入れていたという。
「ただ、都内で予算に合った戸建てだと、どうしても駅から遠くなってしまう。それで戸建てを選択肢から外して、で、次に将来的に値段の下がらない物件って考えると、マンションでも、タワマンって選択肢になって。なので、むしろやむをえずっていうか、タワマンがいいって決めたわけじゃなく。低層階のマンションも検討してたけど、“価値が下がらない”って観点からみると、物件がなくて。結果的に気づいたらタワマンばかり見てた感じですね」
 そんな条件のもと、当時の夫の実家に近くて、かつ、都内に職場のある奈緒さんが通勤が可能な場所として、溝ノ口や新川崎、さらには話題になった武蔵小杉のタワマンなどを内見したという。その中で、川崎のタワマンに決めたのは、“街”としての魅力が決め手になったという。
「街の将来性が高いって思ったんです。ちょうど、『ラ チッタデッラ』に続いて、『ラゾーナ川崎プラザ』ができた時くらいで、10年後にはかなり発展してるだろうと言われていて。
 実は、一番最初に内見に行ったのは武蔵小杉だったんですよ。それこそ、台風19号で話題になったマンションと同じディベロッパーが手掛けたタワマンでした。中はとても豪華だし、業者は『将来的にはいい街だ』ってめっちゃ言ってきたし、見に来てる人もたくさんいました。おまけにオール電化だったんですけど、わたしと当時の夫は、そのオール電化がいやだってことになって。電気代はいくらになるだろうとか、子供ができたときに火を見せる機会がなくなるんじゃないかとか(笑)。いま思えばそれはどうでもいいことなんですが。
 ただ、そもそも、武蔵小杉はこれから発展しますよって感じだったんですけど、じゃあ、どこか外にご飯食べに行こうってなった時に、当時はお店がまったくなくって。脆弱そうな駅が一つあるだけ。まだタワマンも数棟しか建っていなかったのに、その駅に人がぎゅうぎゅうに入ってて。これはきっと通勤が地獄だぞっていう印象でした」
 再開発の結果、今となっては武蔵小杉の街は、店も増えて発展。毎年、不動産会社が発表する「住みたい街ランキング」では常に上位にランクインするようになったものの、駅の混雑はいまだ解消していない。そういう意味で奈緒さんの判断は賢明だったといえる。  

安売り中古タワマンのからくり

「それで武蔵小杉はやめて、その後は某駅前のタワマンを内見に行ったら、再開発する前で、びっくりするほど荒野だったんです。『じゃりン子チエ』って漫画があったじゃないですか。あれを思い出して(笑)、さすがにちょっとレトロすぎるかなって。
 その後に川崎に行って内見したのが、ひとつは共用施設がバリバリに充実した、キッズルームやパーティルームがあるお洒落なマンション。もうひとつは、シンプルなもの。で、悩んだ結果、選んだのはなにもついてないほうで。なぜかというと、共用施設は将来的にこっちが維持費をかぶっちゃうんですよ。子どもが出来たらキッズルームはありがたいけど、それこそ将来的には利用しなくなる。なのに、共益費の負担がずっと続いていくってどうなんだろって。
 しかも、新築のタワマンって、最初は修繕積立金が安いんです。でも、どんどん割高になる。たまに中古のタワマンが安く売りに出てる広告をみると、100平米で3000万円台とかだけど、プラス共益費が10万とかで。そういうからくりがあるんです。だから将来的にスラム化するっていうのも、ありえる話なんですよね。修繕費用が賄えなくなる。『100年マンション』とかって言われてるけど、100年後まで残っているかっていうと、あやしい」
 こうして、川崎の高級タワマンを購入して暮らし始めたものの、夫のモラハラが原因で、2年で別離。都内に戻り、都心部にある賃貸のワンルームマンションで一人暮らしすることになった。
「あの時は悔しかったですね。コンシェルジュのいるマンションから、『くそう、都落ちか』って(笑)。そこも新築のきれいなマンションだったし、モラハラ夫から自由になった解放感もあって、久しぶりの一人暮らしは、それはそれで楽しかったけれど、それでも……って。
 そうこうしているうちに、今の夫となる人と付き合い始めたんですが、その最中に彼のお父様がお亡くなりになって。彼はお母さんと一緒に暮らすことになって、それでタワマンに住み始めたんです。ちょうどそのタイミングでわたしの妊娠も判明して。結婚することになって、彼と彼のお母さんが住んでいるタワマンに引っ越すことになったんです」
 意図せず、こうして二度目のタワマン暮らしがスタート。今度は賃貸で、6階に位置する2LDKだったが、すぐに手狭になり、同じマンション内の上層階にある3LDKへと越すことに。

武蔵小杉じゃなくて豊洲でも叩かれた?

「今のマンションで何が一番助かってるって、息子と同じ学校に行っている家庭が、うち以外に5世帯あるんです。まだ低学年くらいの子どもって、先生に何を言われてるのかを、いまいち理解が出来てないんですよ。『明日の工作で〇〇を使うから用意してください』とか言われて、一応は『明日、なになにを持ってこいって』って連絡帳に書かされたりもするものの、子どもの字なので、解読できない。『段ボールがいるの?』って本人に聞いても、いまいち要領を得ない時に、同じマンションのお母さん方に聞ける環境があるのがすごく便利です。
 東京に来て、ご近所付き合いっていうものをするようになったのは、このマンションに越してからのことです。あとは、子どもって音を出すけど、ここの場合、上からも下からも音が聞こえない。そういうのも、気密性が高いタワマンの良さかなって」
 利便性に加えて、似た環境にある住人たちとコミュニティ形成が出来ることもタワマンのメリットのようだ。だが、デメリットはないのだろうか。例えば、よく聞くタワマン内、格差問題や低層階差別、また、災害の際の不都合などだ。
「前は共用施設がないところだったからご近所付き合いがなかったし、今も子どもつながりでしか、同じマンションの住人とは会わないので、そういうのはぜんぜんないですね。東日本大震災の時もさして揺れなかったし、停電もありませんでした。あえて言えば、カナブンが6階のあたりに大量発生したことはありましたけど……でも、いまの部屋までは上がって来ないです。たまに迷いこんだ蚊がウロウロしてて、『お前よく頑張ってきたな』って思ったくらい。
 あえて言えば、職場から遠くて通勤が大変なところ。うっかり終電を逃そうものなら、6000~7000円は軽くかかるんですよね。前に仕事の繁忙期に、月に10回くらいタクシー帰宅になったことがあって、それを家賃にプラスしたらもっといい家に住めるのになって思いましたけど。でも、マンションそのものの住み心地としては、なにひとつ不満はないです」
 聞けば聞くほど、住人の満足感は高いように思えるが、では、今年の台風19号で被災した例のタワマン住人が嘲笑されたのは、いったいどうしてなのだろうか。最後にその理由を考えてもらった。
「タワマンに住んでる人って、やっぱりそこそこ、お金持ちの印象はありますよね。実際に分譲はもちろん、賃貸料も高いし。ワンルームだと3000万円台とかでもあるけど、ファミリー物件だと最低でも5000万円はする。なので、値段的にはやっかまれる理由はあるなって思います。だけど、『戸建てのほうがいいのに』って言うのは、ただ妬ましいだけですよ。
 武蔵小杉に関していえば、タワマンで大きくなった街ってイメージがあるし、だから、豊洲でも叩かれたと思う。ちょっと前の世代でいう、田園調布とか自由が丘みたいな印象っていうか、ブランドが好きで住んでるっていう。だから単純に『お金持ち』というよりは、『ブランド好きの人』に対する中傷だったんだと思います。ブランドにお金をかけて、金持ちぶりやがって、ざまあみろっていう話だったのではないでしょうか」
大泉りか(おおいずみ・りか)
1977年東京生まれ。2004年『FUCK ME TENDER』(講談社刊)を上梓してデビュー。官能小説家、ラノベ作家、漫画原作者として活躍する一方で、スポーツ新聞やウェブサイトなどで、女性向けに性愛と生き方、子育て、男性向けに女心をレクチャーするコラムも多く手掛ける。『もっとモテたいあなたに 女はこんな男に惚れる』(イースト・プレス 文庫ぎんが堂)他著書多数。2017年に第1子を出産。以後育児エッセイも手掛け、2019年には育児に悩む親をテーマとしたトークイベント『親であること、毒になること』を主催。
2019年12月24日 掲載