木村拓哉
 キムタクが三つ星を狙うシェフを演じる「グランメゾン東京」(TBS)。面白いという声もあるけれど、ストーリーが単純すぎてつまらないという声は少なくない。人もカネもつぎ込んで制作したドラマなのに、なぜ、そんなことになってしまったのか。コラムニストの林操氏が分析する。
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「グランメゾン東京」。ちょっとつぶやいてみるだけで、瞼の裏には「ウナ・セラ・ディ東京」を絶唱するピーナッツのふたりが浮かび上がり、舌の上には安いブランデーの水割りのヌルさが思い出されてくる、声に出して読みたくない日本語--。
 最新の美食あるいはモダン・ガストロノミーがテーマのドラマのタイトルとしてどうなのかなぁと、発表の時点から首をひねっていたんですが、放送が始まってからも世評や視聴率ははかばかしくない。TBS「日曜劇場」枠でのキムタク主演作としては、失敗という見方も、回を追うごとに強まってる気配。
木村拓哉
 いや、「キムタク+うまいもん」という組み合わせは、故「スマスマ」(フジテレビ)の「ビストロSMAP」が透けて見えることを含め、決して悪くなかったと思う。キムタク=シェフという見立てだって、ピアニストから建築家まで、パイロットからレーサーまで、検事から総理まで演ってきたスタァにとって違和感のない、むしろ自然なくらいの配役でした。
 だがしかし。なんでこんなストーリーにしたのかねぇ……。部下の失敗をかばってパリの2つ星レストランを潰した元スターシェフが、再び仲間を集めて東京で再起を図る。それって、“SMAP崩壊で貧乏くじ引いたキムタクに、禊ぎをさせてやろう、みんなでまた盛り立ててやろう”っていう、事務所、局、あるいはギョーカイの勝手な目論見が丸出し丸裸の丸見えだよ。
 キムタクとタッグを組むヒロインが、若手のかわいいおねえちゃんではなく、ベテランのきれいなおねえさまである点も意味深長。ひねくれて霞んだワタシの眼には鈴木京香がジャニーズ事務所のジュリー社長に見えて仕方がない。いっぺんコケたキムタクを立ち直らせようと寄り添う年上の女、という設定。それを演じるのが鈴木、というキャスティング。ナンシー関ならいずれも「接待だ」と看破していただろう。

みんなが応援するキムタク

 この手の邪推を邪推だと頭から追い払えない理由はもうひとつあって、それは「グランメゾン」にわかりやすい大悪人が出てこないこと。
 シェフ=キムタクに次から次へと難題が降りかかってきて、さてどう切り抜けるかが毎回の見どころ、っていう構図は、「半沢直樹」以来の「日曜劇場」の定石ではあリます。でも、銀行員の堺雅人には倍返しすべきクソ上司どもがあれこれいたのに、料理人のキムタクの前には敵としてわかりやすい大悪人が現れない。迫りくる難局の原因は単なる誤解だったり、みみっちい嫉妬だったり。
 まぁ、徹底した悪役なんてのは出しにくかったのかねぇ。キムタクを陥れたり復権の足を引っ張ったりする浅野支店長やら大和田常務やらみたいな仇役が登場してたら、ワタシみたいな視聴者は、SMAP消滅のときの悪役たちを重ね合わせちゃうもの。
 結果、「グランメゾン」世界を支配しているのは、
●キムタクがコケた理由は偶然や事故であり、さらには仲間を守ったこと。裏にビッグな悪人などいない
●キムタクの復活をサポートするのは、年かさのデキる女
●復活の邪魔をするのは、つまらない小物たちだけで、それ以外はみな応援してる
 ……という3大原則。
 このお題目、従来型キムタクビジネスの復調・存続を願う皆様にとっちゃすごく重要なのかもしれませんが、それを連ドラとして延々押し付けられる側から見りゃ身勝手すぎるし、生臭すぎる。日曜の夜の9時から毎週1時間、洗脳され続けるほどオトナは暇じゃありません。

キムタク47歳はどこへ行く

「グランドメゾン」、実際に視聴率が悪いと囃されてるけど、ひょっとしたらハナっから事務所も局も、第一に目指していたのは数字じゃなかったのかも。“事務所として、局として、そしてギョーカイとして、キムタクを支えてきます”というメッセージを伝えることが最優先だったとか。
 視聴率を取りにいきたいのなら、「半沢直樹」のカタルシス(別名「水戸黄門」効果、あるいは「スカッとジャパン」快感)が生まれるよう、もっと歯ごたえのある悪党を登場させただろうし、ヒロインにだって定番感の強い鈴木じゃなく、キムタクより年若で最旬感のある女優を引っぱってきたでしょう。手はいくらでもあった。
 それをしなかったのか、できなかったのかはワタシにはわかりませんが、第8話までなんとかつきあってきて、今しみじみ思うのは、どうせ15%の数字を取れない/取らないのであれば、もっと落ち着いた、気楽なドラマに仕立ててほしかったなぁ、ということ。
 たとえば……パリの2つ星を潰したという前提はそのままでいいから、その後キムタクが目指すのはシンプルな料理、イージーな店で、舞台も田舎。ストーリーも“パリの仇を東京で討つ”式、かつRPGみたいな連続難所越えではなく、傷ついたり疲れたりのキムタクが美味しい料理、楽しい料理を通してゆっくりと、ひとりの人間として活き返るようなもの。
 北海道を舞台にしたら倉本聰モノだと誤解されるような、あるいはショーケン(萩原健一)最晩年の良作になった「鴨川食堂」(NHK BSプレミアム)のパクリだと批判されるような、そんなドラマでよかったんじゃないかという気もするし、どうしてもカネかけてゴージャスにしたいなら、新しい店を南ヨーロッパの田舎のオーベルジュにすればいい。
 だって、もったいないんですよ、「グランメゾン東京」。出てくる料理は美味そうに撮れてるし、料理してるキムタクも最近にないレベルでカッコいい。そこだけ見てる分には、「料理天国」から「チューボーですよ!」に至るTBS(&サントリー)伝統のグルメバラエティのような楽しさ、うまさがある。
 ストーリーの山谷は額縁程度に抑え、グランメゾンも東京も無縁の静かで呑気な世界の中で、キムタクと料理を存分に見せる。そういうドラマが覗いてみたかった。そこには、ビストロSMAPの木村クンでもなければ、総理大臣まで演じるヒーローでもなく、SMAP解散の戦犯でもない、つまるところキムタクではない、ドラマ放送中の11月に47歳になった木村拓哉が見えたんじゃないかなぁ。
林操(はやし・みさお)
コラムニスト。1999~2009年に「新潮45」で、2000年から「週刊新潮」で、テレビ評「見ずにすませるワイドショー」を連載。テレビの凋落や芸能界の実態についての認知度上昇により使命は果たしたとしてセミリタイア中。
週刊新潮WEB取材班編集
2019年12月15日 掲載